相鉄沿線から東京メトロ沿線へ―実質的に複数経路が利用できる定期券についての考察―
- 相鉄沿線民の通勤経路についての悩み
- IC定期券の乗り越し精算ルール活用の可能性の検討
- 鉄道会社の公式見解をインターネット上で探す
- 各社のお問い合わせセンターへの問い合わせと結果
- 注意点と構造的な問題点
本ブログを始めたのは2015年だったが、本格的な投稿は2016年に1本したのみで、実に7年近く放置してしまった。3日坊主にすら及ばない。しかし、このたびぜひブログとして書いておきたいまとまったネタが出て来たので、久しぶりにブログを公開することにした。新規開業した、相鉄/東急新横浜線に関する定期券をめぐる問題である。
相鉄沿線民の通勤経路についての悩み
去る2023年3月18日に、相鉄新横浜線の羽沢横浜国大~新横浜と東急新横浜線の新横浜~日吉が開通した。これにより、相鉄沿線から東急を経由して都心に至るネットワークが形成されたことになる。注意深いフォロワーの皆様はお気づきかもしれないが、これを見越して私は昨年3月に西谷に引っ越してきていて、まさにこの4月からは都内に毎日このルートで通勤をしている。
3月上旬頃までに引っ越すことがほぼ確定しました。行き先は西谷になる予定です。
— とみしゅー (@tomishu_eqrc) 2022年1月25日
一方で、この時相鉄沿線民にとって悩ましいのは、どのルートで通勤するかという問題ではないだろうか。少なくとも私は結構悩んだ。最大の問題は、定期券は決められたルートでしか利用できないという点である。たとえば私が住む西谷から都心の東京メトロ沿線に通勤する方法は少なくとも次の3つが考えられる。
イ、西谷~相鉄新横浜線経由~新横浜~東急新横浜線経由~渋谷・中目黒・目黒~東京メトロ経由~目的地
ロ、西谷~JR・相鉄直通線経由~渋谷・恵比寿・目黒~東京メトロ経由~目的地
ハ、西谷~相鉄本線経由~横浜~湘南新宿ライン~渋谷・恵比寿・目黒~東京メトロ経由~目的地
私の場合、通勤先の最寄り駅が虎ノ門ヒルズ駅になるので、中目黒か恵比寿から東京メトロ日比谷線を利用することになるであろう。この3つのルートのうち、どれが一番便利かは時と場合によるとしか言いようがない。場合によっては、イのルートの電車に乗り遅れて次に来たのがハのルートということもあるかもしれない。また、帰りにハのルートで横浜に立ち寄って買い物をしたくなるかもしれない。
しかし、現在の定期券のルールでは、イのルートで定期券を購入している場合、ロやハのルートでは実際に乗車した区間の運賃を精算する必要があるし、ロのルートの定期券でイのルートで乗車すれば、下車時に改札の扉が閉まって有人改札での精算が必要になり、実際の乗車区間の運賃を支払うことになる。複数ルートが使えるメリットがあまり活かせないのである。
相鉄は、東急との直通開始にあたって、「YOKOHAMAどっちも定期」という定期券の発売を開始した。詳細はリンク先の資料を見ていただきたいが、これは、西谷~新横浜を含むIC定期券で横浜駅での乗降が可能になるサービスで、PASMO定期券でなくとも条件を満たすIC通勤定期乗車券であれば自動的に適用されるようになっている。いわば、休日の買い物で横浜に行く際などに追加運賃が不要になり、これはこれで便利な運賃制度ということができそうである。
「西谷~新横浜」を含むIC通勤定期券をお持ちのお客さまへ(YOKOHAMAどっちも定期)(PDF)
https://cdn.sotetsu.co.jp/media/2023/train/tickets/pass/both-commuter-pass.pdf
ところが、この定期券はあくまでも相鉄で完結しているので、その先のJRの運賃は別途必要になるし、JR・相鉄直通線もJR区間の運賃は別途必要になり、複数経路で通勤したいと考える際にはいまいち使いにくく、何か良い方法はないだろうかというのが、少なからぬ相鉄沿線民の抱く思いなのではないかと考えられる。
特に、相鉄/東急新横浜線には加算運賃が設定されるため、定期代は以下のように新規開業区間を多く含むほど高額になる。定期代の支給ルールは会社によって異なると考えられるが、新横浜線経由での定期運賃の支給は認められない会社も少なくないのではないかと考えられる。
イ(相鉄/東急新横浜線経由) 6か月 170,120円
ロ(JR・相鉄直通線経由) 6か月 147,090円
ハ(横浜・恵比寿乗り換えJR経由) 6か月 141,690円
そこで、何かうまい方法はないかと考察したのが本ブログの趣旨である。
IC定期券の乗り越し精算ルール活用の可能性の検討
考察にあたり本ブログでは、ICカード定期券の乗り越し精算をめぐるルールに着目した。JR東日本と首都圏の私鉄がICカードを相互利用するにあたって、鉄道運賃に関心のある界隈では乗り越し精算にあたって次のような現象が発生することが知られており、運賃精算処理の方法についても考察が行われている。(スクリーンショットはツイート主から許可を得て転載した。)
実はこれ、改札機は乗車駅~定期券区間+定期券区間~降車駅でしか計算できないので(ラッチの有無は考慮しない)、出場の際に、乗車駅~降車駅の運賃と、上記運賃を比較して安い方を引き落としているだけだったりします
— さんどる@支配人 (@sandoless) 2018年6月3日
すなわち、定期乗車券を載せたIC定期券のチャージ残高から自動精算する場合に、直接向かった場合の運賃と定期券エリア内までの最安運賃を比較し、安い方が自動精算されるようになっているのである。これは実際の乗車経路上に改札がない限り乗車経路に関わらず適用され、定期券と全く関係のないところを乗車していても履歴上は定期券を利用したような扱いになる。
この理屈で考えると、相鉄沿線の西谷から虎ノ門ヒルズまで利用する際に次のような経路の定期券を購入し、毎日西谷~上星川をIC残高から自動精算することで、イ~ハの3つのルートを利用することができると考えられる。(添付の経路図を参照。ルート上の改札を通るところに駅名を付した。)
【定期券のルート】
上星川~相鉄本線経由~横浜-JR東海道線・山手線経由~渋谷/恵比寿~東京メトロ日比谷線経由~虎ノ門ヒルズ
(Suicaによる二区間定期券、6か月137,370円)
すなわち、イであれば、定期券区間外の西谷から乗車して改札を通らずに定期券区間内の虎ノ門ヒルズで下車するため、西谷~上星川の運賃が精算されると予想される。また、ロであれば、定期券区間外の西谷から乗車して定期券区間内の恵比寿で下車するため、同じく西谷~上星川の運賃が精算されるはずだ。そして、ハはもはやただの乗り越し精算であり、西谷~上星川の運賃が精算されるはずである。ここで、毎日通勤のときに西谷~上星川の運賃が引かれるとすると、1日当たり314円、6か月で130日通勤した場合でも40,820円、祝日・年休やテレワークなども考慮して100日出勤とすれば31,400円となる。
ここで、各ルートの定期運賃と比較してみると、イのルートより32,750円(104.3往復分)、ロのルートより9,720円(31.0往復分)、ハのルートより4,320円(13.8往復分)安くなっており、横浜乗り換えやJR・相鉄直通線経由の定期券にはかなわないものの、相鉄/東急新横浜線経由の定期券と比較すると、かなりいい勝負であることがわかる。
それならば、相鉄/東急新横浜線経由の定期券を購入するより、横浜・恵比寿乗り換えのJR経由の定期券を1駅短く購入して毎日乗り越し精算をした方が、自由に経路選択をすることができる分便利になると考えられる。また、こうすれば渋谷、品川、横浜、川崎、武蔵小杉といった主要駅が定期券範囲内になり、南部線沿線や新宿方面、西船橋以遠など様々方面にJRで向かう際にも運賃計算が有利になる。
鉄道会社の公式見解をインターネット上で探す
すると、このような乗車をして本当に自動精算できるのか、果たして不正乗車にはならないのか、これが問題になって来る。図を見ていただけば明らかなように、外形的にはいわゆるキセル乗車のようにしか見えないわけで、自動精算できるにしてもこのような極端なルートを毎日使用して不正乗車ということにもでもなれば、電子計算機使用詐欺などで刑事罰を受けてもおかしくない。まして、システムのバグを突いての利用ということになれば、より悪質と認定されるかもしれない。したがって、通勤で毎日使用するのであれば、これがIC定期券における乗り越し精算の正規の取り扱いであり、不正乗車には当たらないことを確認したい。
では、各社はどのように案内しているのだろうか。実はこの件についてインターネット上の公式ホームページにおける説明はきわめて少ない。色々探してみたところ、類例と言えそうなのは以下の1例のみである。
この例を見る限りでは、今回の例も大丈夫そうには見えるが、西船橋ではJRからの直通列車があり、条件が異なっている部分があるなど、若干条件が異なる部分がありそのまま適用してよいのかどうかという点については不安が残るものであった。特に、イのルートでは、東急に1円も払わないということになると予想され、本当にこれで大丈夫なのかという懸念がわいてくる。
では、ルールはどうなっているのだろうか。インターネット上に公開されている東日本旅客鉄道株式会社ICカード乗車券取扱規則を見ると、第66条では次のように定められている。
第66条 Suica定期乗車券(第61条第2項第1号から第3号及び第7号に規定する発行会社のICカード等でSuica定期乗車券に相当するものを含みます。また、ピーク時間帯設定駅においてピーク時間帯に入場した場合のSuica時差通勤定期乗車券を除きます。以下この章において同じ。)の券面表示区間と区間外とをまたがって乗車する場合は、別途乗車として取り扱い、出場駅において、券面表示区間外に対して第63条から前条の規定を準用して算出したIC運賃等を減算します。この場合、小児用のSuica定期乗車券にあっては小児のIC運賃等を、その他のSuica定期乗車券にあっては大人のIC運賃等を減算します。
これを見る限り、定期券区間内外を通して乗車する場合には、実際の乗車経路に関わらず定期券区間外に対して最安運賃で精算をするようなルールになっているようである。定期券のルート上に改札があるかどうかなどについての言及はなく、適用されるように見える。しかし、規約の解釈については最終的に鉄道会社側が決める事であり、こちらで都合よく解釈してしまうのもリスクがあるように思われるので、各社のお問い合わせセンターに問い合わせを行った。
各社のお問い合わせセンターへの問い合わせと結果
問い合わせの質問内容は以下の画像の通り、JR、相鉄、東急、東京メトロの各社に同じ内容を送付した*1。なお、パターンBの定期券の作成可否についてはJRのみに問い合わせて作成可能との回答を得ており、他各社には定期券の作成の可否は問合わせず、作成できる前提で挙動について問合わせた。問い合わせ後であるが、実際にモバイルSuicaでフォームを通じた申し込みを行い、この通りのルートで定期券が用意された。(前の定期券の期間が残っているので未購入)
問い合わせの経緯についてはかなりすったもんだがあり、子細に述べる実益も薄いように思えるので全部飛ばして結論のみを述べると、本ブログでの解釈に誤りはなかった。すなわち、上述のように1駅短い区間の定期券を購入して毎日乗り越し精算を行うことで、事実上の複数経路定期券として利用することができることが分かった*2。なお、精算額はイ~ハのいずれも西谷~上星川の運賃である157円であり、西谷駅、虎ノ門ヒルズ駅(イ)、恵比寿駅(ロ)、横浜駅(ハ)で自動改札機にタッチをした際に自動精算される。むろん不正乗車にはならない。
したがって、いかに極端なルートであったとしても、定期券の範囲外で乗降している限り経路に関わらず自動精算可能で、自動精算が可能であれば不正乗車にはならないということができるだろう。相鉄沿線の利用者が東京メトロ沿線を目的地にする場合、相鉄側が自宅最寄り駅までより1駅短くなるように、JR経由で東京メトロ線内までのSuica定期券(二区間定期になるのでJRでのみ購入可の模様)を購入する場合、横浜乗り換え、JR・相鉄直通線、相鉄/東急新横浜線のいずれでも都心方面に向かうことのできる非常に使い勝手の良い定期券として利用することができるようになるのである。
この方法は他にも色々と応用が利く。たとえば、JR沿線に用がない人であれば、相鉄から横浜乗り換えで東急東横線の渋谷までの定期券を購入すれば、相鉄側を自宅最寄り駅に設定して毎日メトロの区間分の運賃を精算してメトロ沿線まで利用することも理論上は可能だろう(お客様センターへの確認は行なっていない)。東京メトロは定期券の割引率が渋いのもあいまって、本ブログで取り上げた経路よりお得度は高い(ただし、JR沿線へは行けない)。このように、利用者のニーズに応じて様々な利用法が考えられ、うまく活用すれば、新しく開業した相鉄/東急新横浜線を安く便利に活用できるようになるだろう。
なお、関係各社のお客様センターに確認したところ、本件について鉄道会社側としての公式見解は実際に運賃精算を行う東京メトロと相鉄のお客様センターで回答するのが正当な取り扱いであることを確認した。JR及び東急のお客様センターに問い合わせても、不正乗車にならないかどうかは答えてもらえるが、実際にどのような形で精算がなされるのかについては東京メトロまたは相鉄に問い合わせるようにと案内をされるので、類似例の取り扱いについて問合わせを行う場合には、最初からこの2社に問い合わせるのが望ましいだろう。実はこの結論を得るまでに最初の問い合せから3週間近くかかってしまったが、私への対応により取り扱いについての社内での考え方も整理されたと思われるので、今後はスムーズに回答してもらうことができるだろう。
注意点と構造的な問題点
一方で注意点もある。当然ではあるが、定期区間外である東急沿線や新横浜で下車する場合には追加の運賃がかかるという点である。また、何かの拍子に最寄り駅より手前の定期区間内で下車する場合には、定期券のルート通りに乗車している必要がある。私のように上星川までの定期券であれば、JR・相鉄直通線や相鉄/東急新横浜線経由で来てうっかり下車する心配もないだろうが、より遠くまで利用する場合には注意が必要になってくる。自分が持っている定期券がどのように運賃計算されるのかを常に考えながら利用しないと、思わぬ出費を生じる可能性があり、気をつける必要があるだろう。あるいは、気をつけていても、やむを得ない事情で下車せざるを得ない場合などもあるかもしれない。
また、通勤で利用するのであれば、勤務先の通勤費用の支給ルールとの関係も考慮が必要である。相鉄沿線から都内などのような遠距離通勤をしている通勤者であれば、会社が定期代等を支給している場合も珍しくないだろう。この場合、おそらく勤務先のルールはこのような特殊な利用法を想定したものになっている可能性は低いと考えられる。ルールは会社によって様々だろうが、場合によっては不正受給と見なされるおそれもあることから、勤務先の事務処理担当者とよく相談したうえで活用することが必要であろう。
また、紹介しておいてこのようなことを書くのは申し訳ないが、定期券制度の趣旨を考えると望ましい利用法とは言い難いことは否めない。このような定期券を購入して毎日のように相鉄/東急新横浜線経由で通勤をすれば、東急が本来得るはずだった運賃収入がJR東日本と相鉄に流出することになる。一方で、相鉄/東急新横浜線経由の定期券で同様にJRを利用することはできないし、加算運賃が大きいのでそうするメリットもない。同じような利用が広まれば、東急の運賃収入の流出もより大規模になっていくであろう。もちろん、鉄道会社間で運賃収入の精算等も行われているとは考えられるが、このような極端な事例が広まるのに耐える水準で調整がなされているのかは大いに疑問である。
現在のように相互乗り入れが入り組んだ状況では、事業者ごとに定めた元々のルールに沿っての運賃計算は困難になりつつあると言わざるを得ない。本ブログでは大きく取り上げないが、本件について問合わせた際の東京メトロを除く各社の対応の混乱ぶりを見てもそれを強く感じる。本来であれば、運賃収入が適切に配分されるような複数経路定期券またはゾーン券の導入を検討すべき段階に入ってきているように思える。この点については、東急の株主として6月に開催される株主総会でも質問しようと考えている。本ブログが、現在の複雑化した鉄道事業者間の運賃計算ルールに対する問題提起となれば幸いである。